たかが盲腸されど盲腸


外科医師 高 橋 健 治
 よく『盲腸』と言われているのは、医学的には『虫垂炎』と言います。虫垂は名前の通り、大腸の一部である盲腸に付いている「ミミズ」のような格好をしています。「お腹が痛い!」と言えばまず最初に思いつくのが虫垂炎でしょう。『蟹工船』の著者小林多喜二の母親の語りとして書かれた三浦綾子著『母』の中に、多喜二の兄が小樽に丁稚奉公に出て行って、12歳で腹を痛がりお腹がパンパンになって亡くなったと言う事が書かれています。多分虫垂炎から盲腸周囲炎をおこし、腹膜炎となって亡くなったものと思われます。明治の末頃では虫垂炎で死ぬこともけっして珍しくありませんでした。有史以来つい最近まで人間は、『盲腸』で死んでしまっていたのです。そう言えば横綱『玉の海』も。

 虫垂炎は19世紀になってやっと盲腸周囲炎の原因であることが判明し、一八八三年カナダの開業医グロベスが初めて虫垂切除術に成功しました。今では虫垂炎で死なずに済みます。しかし、その分長生きをして、『がん』というような厄介な病気にも罹るようになりましたが…

 ではなぜ虫垂炎を起こすのでしょう?実はよくわかっていないのですが、なんらかの原因(糞石など)で虫垂内腔が狭くなったり閉塞したりして、それに腸内細菌の感染が重なって起きることが多いようです。

 ところで右下腹痛を起こすものには、虫垂炎の他にもいろいろな病気があります。右側大腸の憩室炎、右の尿管結石、腸間膜リンパ節炎、十二指腸潰瘍の穿孔などで、女性だとさらに卵巣出血、付属器炎、最近流行のクラミジア感染による骨盤腹膜炎などとの見分けが必要です。この中でも盲腸の憩室炎は小さな虫垂のようなものが盲腸にでき、そこに炎症が起きる病気です。手術をして虫垂を取ったにもかかわらず右下腹の痛みが続く時はこの病気かもしれません。

 また虫垂炎といっても、手術が必要なものか否か?抗生剤で直す=「盲腸を散らす」ことができるかどうか?それは最終的には外科医の手=触診の際のお腹の堅さを診察した外科医がどの程度に感じるかです。しかしそれだけではあまりに客観性がありません。そこで血液検査(白血球数やその分類を調べます)や腹部CT(レントゲンとコンピューターを組み合わた腹部の断面図)といった補助診断を参考に手術を決定します。

手術は、一般的に腰椎麻酔(下半身を麻痺させ)で虫垂を根部から切除します。最近では全身麻酔で腹腔鏡(カメラ)下に虫垂切除を行うようになってきました。虫垂炎がひどい場合(盲腸周囲炎を起こしている場合など)はお腹に管を入れておきます。

 最後に『虫垂』に関する最近のトピックスを紹介しましょう。虫垂切除術を受けている人は、潰瘍性大腸炎やクローン病といった大腸の病気(最近増えています)に罹る率が1/4から1/3以下に低下し、罹っても軽症で済むという論文がオーストラリアから発表されました。もう一つは、「傷跡が分からない虫垂切除術」。臍の内側を切ってそこから腹腔鏡を入れ、虫垂を長い管子で摘み臍から出し、虫垂を切除するという方法です。一見するとお腹に傷跡はありません。ただし虫垂炎がひどくない、子供や若い女性に限られます。

BACK